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カウンセラーのhealing diaryです。
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2020-06-06 (Sat) 15:16

訃報

自立支援医療制度:心身のお病気の医療費の自己負担額を軽減する公費です。

コロナウイルスの治療に当たる医療従事者の皆さま、コロナ対策に当たっていてくださる全ての皆さま、今日も本当にありがとうございます。私たちも頑張りましょう。

昨夜残念なニュースが入ってきました。

中学1年生の時に北朝鮮に拉致された横田めぐみさんのお父様、40年以上もの間、娘の救出活動を続けてきた横田滋さんが5日ご逝去なさいました。横田さんは平成9年に拉致被害者の家族会が結成されてからは、会の代表として、妻の早紀江さんとともにすべての都道府県を回り、救出を求める署名活動や1400回を超える講演を重ねてきました。ご夫妻の諦めない気持ちが、拉致問題を一歩も千歩も前に進めたと思います。一部の方が帰国してから、時が止まったような拉致問題。横田さんご夫妻は、恵さんのことでは喜んだり、奈落の底へ落とされたりと、歯がゆく苦しい思いだったと思います。そんな中の滋さんの愛情深い穏やかな表情を忘れません。生きて再会させてあげたかったと心から悲しく思います。

-NHKニュースより抜粋-
政府が認定している拉致被害者のうち、安否がわかっていない12人は次の方々です。

▼1977年9月に石川県の海岸で行方不明になった、東京で警備員をしていた久米裕さん(当時52)
▼同じ年の10月に鳥取県米子市の自宅近くで行方が分からなくなった松本京子さん(当時29)
▼その翌月の11月に新潟市で学校から帰る途中、行方不明になった当時、中学1年の横田めぐみさん(当時13)
▼1978年の6月ごろ、ヨーロッパに向けて出国したあと消息が途絶えた神戸市出身の田中実さん(当時28)
▼同じ年の6月に1歳と2歳の幼い子どもを残したまま行方不明になった埼玉県出身の田口八重子さん(当時22)
▼その年の8月に鹿児島県の浜に夕日を見に出かけたまま行方が分からなくなった市川修一さん(当時23)と増元るみ子さん(当時24)
▼同じ月に新潟県の佐渡で行方不明になった曽我ひとみさんの母親のミヨシさん(当時46)
▼1980年6月に宮崎市の海岸で消息が途絶えた大阪の中国料理店の店員だった原敕晁さん(当時43)
▼同じ年、スペインで行方不明になった札幌市出身の石岡亨さん(当時22)と熊本市出身の松木薫さん(当時26)
▼1983年にロンドン留学を終えてヨーロッパを旅行中に行方が分からなくなった神戸市出身の有本恵子さん(当時23)

めぐみさん・・・13歳です。
皆さんが全員無事に帰国されることを心から願います。

横田滋さん、心からお悔やみ申し上げます。どうか安らかに、安らかにお眠りください・・・





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Last Modified : 2022-06-17

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